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樂 家
樂焼の名称は桃山時代(16C)の建築を代表する「聚楽第」の「樂」の一字に因んで名付けられたことによるが、それは同時に樂焼の創始者長次郎を祖とする樂家の姓でもある。今日、樂焼は陶芸の一分野として広く海外にまで普及しているが、当初は利休-長次郎によって始められたところの樂家一族の焼物を指して呼称されたのであった。現在の樂家は初代長次郎以来15代を数える。住まいと工房は京都御所の西方、油小路通り一条下がったところにあり、犬夜来と出格子を配した伝統的な京都町家のしっとりとしたたたずまいを残している。格子戸を透かして玄関石畳の奥に「樂焼おちゃわん屋」と書かれた暖簾がかけられている。この暖簾は本阿弥光悦筆と伝えられていおり、歴代当主が襲名に際して、樂家に残されている光悦筆の字型をもとに新調される。現在の樂家の建物は1854年の御所からの火災によって焼失、その後再建されたものである。この地に工房を構えたのはおそらく450年前、長次郎時代と考えられるが、文献資料によって確認できるのは3代道入(1599〜1656)の時代である。母屋の奥に窯場と工房があり、長次郎時代と代らぬ伝統技法を伝えている。
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[樂家探訪(工事中)]
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